2016年6月24日金曜日

ミャンマー観光地 バガン Bagan




エーヤワディー(イラワジ)川中流域、その東岸の平野部一帯約40k㎡のエリアに、大小様々な仏塔や寺院が林立するバガン。ここはミャンマー屈指の仏教の聖地。現在残るほとんどの建造物は、11世紀から13世紀、パガン王国の興隆からフビライハーンの侵攻を受けるまでの250年あまりのあいだに建設されたものだ。「バガン」とは、広くこの遺跡群のある地域を指し、一部は考古学保護区にしていされている。この保護区が城壁に囲まれたオールドバガンで、狭義に言う「バガン」はこの区域を指す。
点在する仏塔や寺院は、あるものは大きく、あるものは小さく、鮮やかな白い色をしたものもあれば、赤茶けた地肌をさらしているものもある。

アーナンダ寺院 (Ananda Temple)







バガンの遺跡を代表する、最大かつ最もバランスのとれた美しい寺院だといわれている。1091年、チャンスィッター王の手で建てられた。本道は一辺が63mの正方形でできており、4つの入口、中央にそびえる高さ50mの塔のバランスが見事。外観はくすんだ白色に塗装されているが、その下にはさらに古い装飾が隠れているという。


シュエズィゴォンパヤー (Shwezigon Paya)



アーナンダ寺院と並んで、バガンを代表する仏塔。アノーヤター王がタトォン国を征服した後、建設に着手した。規模が大きかったためか、結局王の在位中に完成せず、次王チャンスィッターの治世に完成した。最初はエーヤワディー川の騎士に建てられたが、水害が酷かったため現在の場所に移された。

ブーパヤーパヤー (Buphaya Paya)

川岸に立つ小さな円筒形の仏塔。言い伝えによると7~8世紀頃、ピュー族によってたてられたといわれている。この仏塔も1975年の地震で大きな被害を受け、石が粉々になってエーヤーワディー川に流れてしまった。現在見られるのは完全に修復された姿だ。

タビィニュ寺院 (Thatbyinnyu Temple)

12世紀半ば、アラウンスィードゥー王によって建てられた美しい寺院。65mの高さを誇る、バガンでは最も高い寺院だ。「ダビィニュ」とは全知者を指し、仏陀を意味している。1階には金で覆われた仏像が鎮座している。

スラマニ寺院 (Sulamani Temple)

1183年、ナラパティスィードゥーの王の手で建てられた。この時代になると、寺院の姿もだんだん洗練されてくる。このスラマニ寺院は2層構造で、1階にはそれぞれ東西南北を向いた4体の仏像がある。東の入口には、木造のお堂のようなところに1体の仏像が納められている。内部の壁面には仏像や船に乗る人々、蔵などをモチーフにした11世紀のフレスコ画がある。当時の生活風俗が活き活きと書かれており興味深い。バガンの寺院のなかでは最も状態良く残っている建物のひとつ。

ダマヤンヂー寺院 (Dhammayangyi Temple)



12世紀、アラウンスィードゥー王の次男ナラトゥは、自分が王位に就こうとして父王と兄王子を暗殺した。1167年、ナラトゥは即位し第5代王となったが、罪の意識にさいなまれるようになる。罪滅ぼしのためにそれまで最大で、最も細工が細かく、最も変わった形の寺院を建て始めた。ところがナラトゥ王は1170年、何者かに暗殺され(伝説ではインド王子の娘である、自身の妻の一人を処刑したため、怒ったインド王子の手の者に殺されたたとされている)、工事は中断した。ナラトゥ王の評判が生前からよくなく、その後工事をする人も現れず、寺院は荒れるがままになっていた。現在でもこの寺院は未完成のまま残っている。

シュエサンドーパヤー (Shwesandaw Paya)

タトォン国征服の後、だだちに建てられた仏塔のひとつ。1057年の建立で、バガン黄金期の中では初期にあたる。5層のテラスをもつ大変見事な仏塔で、国を統一したアノーヤター王の意気込みが伝わってくるようだ。そびえる塔の台座は2層の八角形になっており、少し変わっている。

【出典 地球の歩き方 ミャンマー(ビルマ)】

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