2016年11月27日日曜日

ミャンマーってどんなところ? ~ミャンマー人に聞く一問一答~








ミャンマー連邦共和国は、東南アジアに位置する国家で、東のタイ王国、西のバングラデシュ人民共和国の間にあります。

1989年まではビルマ連邦という国名で、有名な映画「ビルマの竪琴」等の影響もあり、そちらの名称の方が馴染みのある方も多いでしょう。1989年にクーデターが起こり、現在まで続く軍事政権が誕生します。欧米諸国の経済制裁もあり、近年までは西側諸国にとっては閉じた国家でした。

2007年にテインセインが首相に就任、2011年には大統領に就任し、民主化に向けてさまざまな改革が行われます。民主活動家アウンサンスーチーの解放、総選挙の実施、経済改革などが年々実施され、それを受けて世界各国、各企業がミャンマーへの進出を始めています。

ミャンマー人
ミャンマー人は東南アジア特有の陽気さと大らかさを持ち合わせており、同じ東南アジアのタイ人、ベトナム人に近い印象を受けます。一口にミャンマー人といっても、連邦国家であり多数の民族が存在します。ビルマ族が約70%と多数派を占めていますが、その他カレン族、カチン族、ラカイン族等数十を数える民族がおり、対立と和解を繰り返しながら緩やかに発展しています。

発展途上にある国内において、同じアジアの国として経済発展を果たした日本を目標とするミャンマー人も多く、留学、難民、出稼ぎ等目的を問わず多くのミャンマー人が日本を訪れています。現在日本には8000人といわれる在日ミャンマー人が暮らしています。東京、高田馬場にはミャンマー人コミュニティーも存在し、ミャンマー民芸品店やミャンマー料理店、語学教室などもあります。

地理・風土
日本の約1.8倍という国土に、約5000万人の人が暮らしています。多くの人が農業で生計を立てていますが、未開発の土地も多く、民主化により今後の経済成長が見込めることが「アジア最後のフロンティア」と呼ばれる由縁になっています。

亜熱帯に属するため、南国の暑さを感じさせます。ただ、内陸の山岳部は気温が低い地域も多く、降雨量も地域によってかなりの差があります。中国に近い北部は低温少雨、南部のインドシナ半島側は高温多雨の傾向があります。中心都市であるヤンゴンは南部に属し、年間平均気温は30度を越えます。雨季には激しい雨が降りますが、東京のビル街のような強い湿気は感じません。

対日関係
戦後の1954年にビルマ連邦と友好条約が結ばれて以来、両国の関係は良好に続けられてきました。1989年のミャンマーに国名を変更したクーデター後も、日本政府は早々に承認し欧米との摩擦を作った過去があります。軍事政権下でも一定の関係を保ち、民主化以降いち早くインフラ整備に乗り出すなど、政府間の関係は良好といえます。

逆にそういった政府の行動が、軍事政権を支援してると見られ民主活動家に批判されることがあります。しかし、民主化と共に経済、人材の交流が活発になっていくにつれ政府、軍人、民主活動家問わず、アジアの経済大国日本との交流を求める声が増えつつあります。


ミャンマー一問一答
Q:ミャンマー人は苗字が無いって聞いたけど本当?
A:はい。ミャンマー人には日本で言う姓、欧米で言うファミリーネームはありません。例えばトウン アウン キンさんは名が3つの単語で構成されています。日本風にすれば「灯・勝・親しい」のようになります。

Q:ミャンマー人は親戚付き合いをとても大切にするって聞きました。
A:その通りです。兄弟姉妹が多く、従兄弟や甥姪、親戚がたくさんいるため、家庭行事など何をするにも、家族で行動することが多いです。

Q:旅行に行きたいけど、治安は大丈夫?
A:女性の夜間ひとり歩きはやめ、過度に露出した服装を避けて、観光地を回る分には、問題ないです。

Q:ミャンマーでスマートフォンは使える?
A:はい。電波状況はいまいちですが、使えます。

Q:ミャンマーって南の国だからすごく暑そう
A:暑いです。だからエアコンを極寒状態にまでして、車を運転するミャンマー人もいます。

Q:現地の言葉わからないけど、英語は通じる?
A:通じる人には通じます。

Q:ミャンマー人は仕事をしない?
A:お金になることなら、よく仕事をします。

Q:ミャンマーで人気のスポーツは?
A:イチにも二にも、サッカーです。

Q:ミャンマーで人気の娯楽は?
A:韓国ドラマです。

Q:ミャンマー人が好きな食べ物って?
A:ミャンマーは米が主食です。それに肉や野菜の煮込み・炒め物などをおかずにして食べます。だいたい辛くてしょっぱい食べ物を好んで食べます。

Q:ミャンマー人はお弁当を持っていく?
A:はい。学生は通学する際に、プラスチックのかごにステンレス製の円型お弁当箱を入れて持っていきます。ちなみにお弁当は、ミャンマー語で「タミンブー」って言います。

Q:ピクニックはするのかな?
A:はい。ちなみに私の知っているミャンマー人は、ナスと鶏肉のカレーをピクニックに持っていきます。「ピクニック用ミャンマー料理」だそうです。

2016年11月13日日曜日

ミャンマー連邦共和国基本情報

《一般事情》

(国名)ミャンマー連邦共和国 Republic of the Union of Myanmar

1.面積
68万平方キロメートル(日本の約1.8倍)

2.人口

5141万人(2014年9月 ミャンマー入国管理・人口省暫定発表)
3.首都
ネーピードー

4.民族
ビルマ族(約70%)、モン族、チン族、カチン族、ラカイン族、カレン族、カヤー族、シャン族、その他多くの少数民族

5.言語        
ミャンマー(ビルマ)語、ほか少数民族言語

6.宗教
仏教(90%)、キリスト教、回教等

7.国際日
1月4日独立記念日

8.略史
諸部族割拠時代を経て11世紀半ば頃に最初のビルマ族による統一王朝(バガン王朝、1044年~1287年)が成立。その後ダウングー王朝、コンバウン王朝等を経て、1886年に英領インドに編入され、1948年1月4日に独立。


        
《政治体制・内政》

1.政体 
大統領制、共和制

2.元首
テインセイン大統領(2011年3月30日就任・任期5年)

3.国会
二院制  
上院(民族代表院) 定数224(選挙議席168、軍人代表議席56)
下院(国民代表院) 定数440(選挙議席330、軍人代表議席110)

4.政府
(1)元首    テインセイン大統領
(2)副大統領 ニャントゥン
(3)副大統領 サイマウカン
(4)外相    ワナマウンルイン
(5)上院議長 キンアウンミン
(6)下院議長 シュエマン

5.内政
(1)1988年,全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権が崩壊したが,国軍がデモを鎮圧するとともに国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した(1997年,SLORC は国家平和開発評議会(SPDC)に改組)。
(2)1990年には総選挙が実施され,アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの,政府は民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行わなかった。
総選挙以降,政府側がスー・チー氏に自宅軟禁措置を課す一方で,同氏は政府を激しく非難するなど,両者の対立が続いてきた。2003年5月には,スー・チー氏は政府当局に拘束され,同年9月以降,3回目の自宅軟禁下に置かれた。
(3)2003年8月,キン・ニュン首相(当時)が民主化に向けた7段階の「ロードマップ」を発表し,その第一段階として,憲法の基本原則を決定するため国民会議を開催する旨表明した。同年5月,国民会議が約8年ぶりに再開され,継続的に審議が行われた。
(4)2005年11月7日,ミャンマー政府は,首都機能をヤンゴンからピンマナ県(ヤンゴン市の北方約300キロメートル)に移転する旨発表。2006年3月頃までに政府機関は概ね移転を終了し,移転先はネーピードー市と命名された。
(5)2007年9月,全国的な僧侶のデモが発生。治安当局による制圧で,邦人1名を含む多数の死傷者が発生。
(6)2008年5月2日,サイクロン・ナルギスがミャンマー南西部を直撃し,死者約8万5千名,行方不明者約5万4千名が発生。
(7)2008年5月10日,新憲法草案採択のための国民投票を実施(一部地域は24日に実施)。92.4%の賛成票で(投票率99%)で新憲法承認。2010年11月7日,総選挙が実施されたが,スー・チー氏率いるNLDは総選挙をボイコットした。
(8)2010年11月13日,スー・チー氏に対する自宅軟禁措置が解除された。
(9)2011年1月31日,総選挙の結果に基づく国会が召集され,2月4日,副大統領3名が国会で選出された。
(10)2011年3月30日,3名の副大統領のうち,テイン・セイン氏が大統領に選出。これにより新政府が発足し(同時に国名も変更),国家平和開発評議会(SPDC)から政権が委譲された。
(11)2012年4月1日,議会補欠選挙が開催され,スー・チー氏率いるNLDが45議席中43議席を獲得。
(12)2013年12月30日,テイン・セイン大統領は残り全ての政治犯に対し,恩赦を与えた旨発表。
(13)2015年11月13日,総選挙が実施され野党NLDが圧勝。



《外交・国防》

1.外交基本方針

独立・積極外交政策(厳正中立)1997年7月ASEANに加盟

2.軍事力
(1)予算 22億ドル(2013年推定)
(2)兵力 陸軍37.5万人、海軍1.6万人、空軍1.5万人
  (2013年版ミリタリー・バランス)



《経済》

1.主要産業
農業

2.名目GDP
約553億ドル(2012/13年度、IMF推計)

3.一人あたりGDP
868ドル(2012/13年度、IMF推計)

4.経済成長率
6.4%(2012/13年度、IMF推計)

5.物価上昇率
4.7%(2012/13年度、IMF推計)

6.失業率
約4.0%(2012/13年度、IMF推計)

7.総貿易額
(1)輸出 約89.7億ドル
(2)輸入 約90.7億ドル
  (ミャンマー中央統計局 2012/13年度)

8.主要貿易品目
(1)輸出 天然ガス、豆類 宝石(ひすい)、チーク・木材
(2)輸入 石油、機械部品、パームオイル、繊維、金属・工業製品

9.主要貿易相手国
(1)輸出 タイ、中国、インド、日本、シンガポール、韓国
(2)輸入 中国、シンガポール、日本、タイ、マレーシア、韓国
  (ミャンマー中央統計局2012/13年度)

10.通貨
チャット(Kyat)

11.為替レート
1ドル=970チャット(中央銀行レート)(2013年12月平均)

12.経済概況
(1)1962年に発足したネウィン政権は,農業を除く主要産業の国有化など社会主義経済政策を推進してきたが,この閉鎖的経済政策などにより,外貨準備の枯渇,生産の停滞,対外債務の累積など経済困難が増大し,1987年12月には,国連より後発開発途上国(LLDC)の認定を受けるに至った。                                                                           
(2)1988年9月に国軍がクーデターにより軍事政権が成立し,社会主義政策を放棄する旨発表するとともに,外国投資法の制定など経済開放政策を推進したが,非現実的な為替レートや硬直的な経済構造などが発展の障害となり,外貨不足が顕著化した。2003年2月には,民間銀行利用者の預金取付騒ぎが発生し,民間銀行や一般企業が深刻な資金不足に見舞われた。さらに,同年5月のアウンサンスーチー氏の拘束を受け,米国が対ミャンマー経済制裁法を新たに制定したことが国内産業への打撃となり,経済の鈍化を招き,加えて,2004年10月には,EUがミャンマーの民主化状況に進展が見られないとして,ミャンマー国営企業への借款の禁止などを含む制裁措置の強化を決定した。2007年8月には,政府によるエネルギーの公定価格引き上げ(最大5倍)が翌9月の大規模なデモの発端となった。デモ参加者に対するミャンマー当局の実力行使を受けて,米・EUは経済制裁措置の強化を行い,豪州も金融制裁措置を取った。                                         
(3)2010年11月に実施された総選挙で,連邦連帯開発党(USDP)が約8割の議席を確保,その直後に,アウンサンスーチー氏の自宅軟禁を解除。翌2011年3月に,現テインセイン文民政権が発足し,民政移管が実現し,民主化を推進するとともに,経済改革などの取組を進めている最中である。例えば,中古車両の廃車許可(2011年12月から40年以上,翌2012年1月には生産から30年以上経過した車両)及びそれに代替する車両輸入許可を行うようになり,国内を走る車両が格段に新しくなったほか,同年4月には,為替レート統一化に向け,管理変動相場制を導入した。また,同年11月には,外国投資受入の円滑化のため,制限的な内容だった外国投資法を改正した。                    
(4)欧米諸国は,ミャンマーが進めている政治・経済改革を評価し,米国は2012年11月に宝石一部品目を除くミャンマー製品の禁輸措置を解除し,EUも2013年4月に武器禁輸措置を除く対ミャンマー経済制裁を解除した。



《経済協力》

1.日本の援助実績

(1)有償資金協力 1989億円
(2)無償資金協力 277.30億円
(3)技術協力    37.99億円
  (2012年度:有償資金協力及び無償資金協力は交換公文ベース、技術協力はJICA経費実績ベース)

2.OECD‐DAC(開発援助委員会)加盟国の援助実績
(1)日本  (2)オーストラリア  (3)英国  (4)米国  (5)ノルウエー  
  (2012年、支出純額ベース) (出店:OECD/DAC)

3.日本政府の経済協力の方針
従来,日本は,ミャンマーに対する経済協力について,民主化及び人権状況の改善を見守りつつ,民衆が直接恩恵を受ける基礎生活分野(ベーシック・ヒューマン・ニーズ)の案件を中心にケース・バイ・ケースで検討の上,実施することとしてきたが,2011年以降,政治犯の釈放,テインセイン大統領とアウンサンスーチー氏との直接対話,少数民族武装勢力との停戦等の措置がミャンマー政府によってとられたこと,2012年4月1日の議会補欠選挙の結果,アウンサンスーチー氏を含む関係者の政治参加が実現したことなどを踏まえ,2012年4月に経済協力方針を変更した。
新たな経済協力方針の下では,ミャンマーの民主化及び国民和解,持続的発展に向けて,急速に進む同国の幅広い分野における改革努力を後押しするため,引き続き改革努力の進捗を見守りつつ,民主化と国民和解,経済改革の配当を広範な国民が実感できるよう,以下の分野を中心に幅広い支援を実施することとしている。
?国民の生活向上のための支援(少数民族や貧困層支援,農業開発,地域開発をむ)        ?経済・社会を支える人材の能力向上や制度の整備のための支援(民主化推進のための支援を含む)                                                           持続的経済成長のために必要なインフラや制度の整備等の支援



《日本・ミャンマーの二国間関係》

1.政治関係
我が国がこれまでミャンマー政府と構築してきた信頼関係を基に,二国間関係を包括的?に強化。ミャンマー政府が,テインセイン大統領の下,民主化・法の支配の強化・国民和解・経済改革に向け取り組んでいることを評価し,日本としてもこれらの取組を官民の総力を挙げて支援していく考え。
有望な生産拠点,市場として日本企業の関心も高いミャンマーとの互恵的な経済関係の強化に加え,2014年ASEAN議長国であるミャンマーと、地域情勢や安全保障に関する対話を強化。
依然として課題となっているインフラや法制度の未整備、少数民族問題などについても支援を行う。
一方で、2007年9月に発生した長井氏死亡事件については、真相究明への協力を引き続き要請。

2.経済関係
(1)対日貿易額
(ア)貿易額 
 輸出 406百万ドル
 輸入 10.9億ドル
(イ)主要品目
 輸出 衣類、海山物、履物
 輸入 自動車、機械類
(2)日本からの直接投資
 270百万ドル(1988年以降2013年12月末までの累計) 
 
3.日本政府によるミャンマー文化関係
日・ミャンマー間では,これまで官民各層において,文化人,青年等の往来を始め様々な交流を行なってきている。
2012年,白石隆政策研究大学院大学学長を団長とし,日本語教育,文化財保護,スポーツ,メディア,文化・芸術,食文化の各分野の有識者からなるミャンマー文化・スポー ツ交流ミッションがミャンマーを訪問。同ミッションは,今後のミャンマーとの文化・ スポーツ交流についての指針となる政策提言を玄葉外務大臣(当時)に提出。
2014年の両国外交関係樹立60周年にあたり,多くの周年事業を実施予定。

4.在留邦人数
891人(2013年10月現在)

5.在日ミャンマー人数
8,709人(2013年6月末現在、外国人登録者数)

6.要人往来
(1)訪緬(1961年以降)

1961年11月 池田総理大臣
1967年9月  佐藤総理大臣
1974年11月 田中総理大臣
1977年8月  福田総理大臣
1983年3月  安倍外務大臣
1992年7月  柿澤政務大臣
1997年8月  高村政務次官
2002年8月  川口外務大臣
2003年6月  矢野外務副大臣
2005年8月   福島外務大臣政務官
2008年5月   木村外務副大臣
2008年5月   宇野外務大臣政務官
2011年6月   菊田外務大臣政務官
2011年12月 玄葉外務大臣
2013年1月   麻生副総理兼財務大臣
2013年5月   安部総理大臣
2014年3月   岸田外務大臣

(2)来日(1998年以降)
1989年2月   ペー・テイン保健相兼教育相(大喪の礼)
1990年11月  ター・トゥン法務長官(即位の礼)
1991年10月  オン・ジョー外相
1992年10月  オン・ジョー外相
1993年6月   オン・ジョー外相
1993年10月  オン・ジョー外相
1994年6月   オン・ジョー外相
1994年10月  オン・ジョー外相
1995年10月  マウン・エーSLORC副議長
1995年11月  オン・ジョー外相
1996年5月  オン・ジョー外相
1998年6月  マウン・マウン・キン副首相
1999年6月  ウィン・アウン外相
2000年6月  キン・ニュンSPDC第一書記(小渕総理大臣合同葬)
2003年7月  キン・マウン・ウィン外務副大臣(タン・シュエ議長特使として)
2003年12月 キン・ニュン首相,ウィン・アウン外相(日ASEAN特別首脳会議出席のため)
2005年5月  ニャン・ウイン外相(第7回ASEM外相会合出席のため)
2008年1月  ニャン・ウイン外相(日メコン外相会議出席のため)
2009年11月 テイン・セイン首相(第1回日メコン首脳会議出席のため)
2010年1月  ニャン・ウイン外相(アジア中南米協力フォーラム第4回外相会合出席のため)
2012年4月 テイン・セイン大統領(実務賓客訪問)
2012年5月 キン・アウン・ミン民族代表院(上院)議長(参議院による招待)
2012年7月 ワナ・マウン・ルイン外相(世界防災会議in東北出席のため)
2013年11月 シュエ・マン国民代表院(下院)議長(衆議院による招待)
2013年12月 テイン・セイン大統領(日ASEAN特別首脳会議出席のため)

7.日本・ミャンマー間の二国間条約・取極
・平和条約(1954年11月締結)
・賠償協定(1954年11月締結)
・経済技術協力協定(1963年3月締結)
・航空協定(1972年2月締結)
・投資協定(2013年12月署名)

2016年11月6日日曜日

今日のミャンマーニュース 2014年文化・スポーツ

2014年12月25日(木)
日本の老人ホームに技能実習生を派遣

日本の老人ホームに、ミャンマー人技能実習生を派遣することが決まった。
(BURMESE CLASSIC)



チャイティーヨーにて外国人旅行者被害

「ゴールデンロック」の名で観光地として親しまれているミャンマー、モン州のチャイティーヨーを観光していたペルー人女性が、チャイティーヨー近郊の村で暴行被害を受けた。女性は一人で旅行中だった。犯人はすぐに逮捕された。
ミャンマーでは観光地でも、100%の治安安全が確保されていない場所がある。一人旅や女性の旅行では特に、安全確保の気配りが必要である。
(BURMESE CLASSICに日本ミャンマー支援機構が加筆)



2014年11月24日(月)
ミャンマーへ高校生派遣



神奈川県横浜市中区の私立聖光学院高校の1年生3人が、横浜YMCAが年末年始にミャンマーへ派遣する医療、公衆支援ボランティアに参加することになった。高校生の参加は今回が初めて。2008年に13万人の死者・行方不明者を出したサイクロン「ナルギス」の爪痕が残る南部にて、医療スタッフの補佐をする。
支援に参加するのは聖光学院のボランティア同好会「インターアクトクラブ」のメンバー3人。3人の現地での一番の仕事は、子供たちと遊ぶこと。歯磨きの指導などもする予定。
3人は海外でのホームステイ経験が有り、ミャンマーでは通訳抜きで子供たちと交流する。「身ぶり手ぶりでどうにでもなる」と頼もしい。3人はたこ揚げなど日本ならではの遊びを紹介する予定だと話し、日本とミャンマーの架け橋になれたらいいと楽しみにしている。
(読売新聞より抜粋)



2014年11月14日
ミンコーナイン MIN KO NAING

1988年、ビルマ全土で起こった民主化運動を主導した元学生リーダーで、全ビルマ学生連盟(ABFSU)議長。ミンコーナインは「(国民を苦しめる)王に勝つ」という意味の通用名である。1988年に民主化運動に参加し、翌年逮捕され20年の刑を言い渡された。刑務所をたびたび移動させられ、その都度激しい拷問を受けた。2004年に釈放されるも、民主化運動を続けたため2007年、今度は65年の禁固刑に処せられた。ビルマ政府が民政移管した後の2012年、他の政治囚とともに釈放された。投獄された期間は通算約20年にも及ぶ。その後、1988年当時からの活動家らとともに「88世代平和オープンソサイエティ」を設立。民主化途上のビルマが抱える、憲法改正や国民和解などさまざまな問題解決に取り組んでいる。カナダのジョンハンフリー自由賞(1999年)を始め、ホモ・ホミニ賞(チェコ)、学生平和賞(ノルウェー)、市民的勇気賞(米国)、光州人権賞(韓国)を受賞。
(日本ミャンマー支援機構)



2014年11月8日(土)
NHK連続テレビ小説 あまちゃん MNTVで放送決定

NHK連続テレビ小説、あまちゃんがミャンマーの有料テレビ放送スカイネット系列MNTVで放送することが決まった。プロモーション番組撮影のため、ミャンマーのテレビクルーが11月第三週から来日する。
(日本ミャンマー支援機構)


日本教育フェア
スーレーシャングリラホテルにて開催

9月30日、日本の教育機関に興味を持ってもらうための日本教育フェア「JAPAN EDUCATION FAIR 2014」(在ミャンマー日本大使館ほか主宰)がミャンマー最大都市ヤンゴンのスーレーシャングリラホテルにて開催された。日本の大学や日本語学校が、各ブースでミャンマー人来場者に留学を呼びかけた。
※参加大学:大東文化大学、東日本国際大学、北海道大学、京都大学、九州大学、松本歯科大学、岡山大学、立命館アジア太平洋大学、立命館大学、信州大学、拓殖大学、早稲田大学
(日本ミャンマー支援機構)



2014年10月4日(金)
パテイン大学の教員・学生が日本の大学に留学予定

ミャンマー・イラワディ管区にあるパテイン大学から、教員や学生が日本の大学に留学する。英語・日本語能力がある人が対象。留学先は、北海道大学、日本大学、鳥取大学、筑波大学など。パテインでは今後、日本が中心となって経済特区を創設する予定。
(デモクラシートゥデイ)



NHK大河ドラマ「篤姫」連続テレビ小説「カーネーション」放映中

ミャンマーの有料テレビ放送「スカイネット」MNTVで、NHK大河ドラマ「篤姫」と連続テレビ小説「カーネーション」が放映されている。
「カーネーション」のタイトルはそのままだが、「篤姫」はタイトルが「アツ ミンダミー」となっている。ミンダミーはミャンマー語で、姫・女優を意味する。
(日本ミャンマー支援機構)


「篤姫」

激動する幕末の時代のファーストレディー、篤姫の生き様を描いた物語。





「カーネーション」

3人の娘を世界的ファッションデザイナーに育てたコシノ一家をモデルに、女性の自立、ファッション、家族の成長を描いたい物語。




2014年9月12日
ミャンマー人と婚姻関係にある外国人家族、5年間ビザ取得可に

ミャンマー人と結婚した外国人や、その子がミャンマーに滞在する際、5年間の定住ビザが発給されることとなった。
(BBC BURMESE)



2014年9月10日(水)
31年ぶり国勢調査 人口5142万人 

ミャンマー政府が31年ぶりに実施した国勢調査では、人口が約5142万人だった。「6000万人の新興市場」と紹介されていたが、人口増加率を長年、過大に評価したことなどが誤差が生じた理由のようだ。
ミャンマーでは、長く続いた軍事政権下で明確な理由が示されないまま、1983年を最後に国勢調査が行われていなかった。政府や国際機関は、83年調査の結果をもとに毎年の人口増加率を推計して総人口を算出。入国管理・人口省は2012年10月時点で6098万人と推計していた。
今回、北部カチン州や西部ラカイン州など一部調査できなかったが、未調査地域の推計人口約121万人を加えている。
(朝日新聞)

テインセイン大統領、欧3カ国訪問

ミャンマーのテインセイン大統領が、ドイツ、スイス、オランダのヨーロッパ3カ国を訪問中だ。オランダはかつてより、ミャンマーの少数民族問題の解決に強い意欲を示しており、テインセイン大統領は「オランダ訪問で、少数民族問題の解決に向けた協力を要請する」と話している。
(BBC BURMESE)



2014年9月3日
ミャンマーで遺骨収集へ

第二次世界大戦で旧日本軍に3万人の戦死者を出したインパール作戦(※)から今年で70年。敗走する日本兵が通ったミャンマー西部チン州で、約40年ぶりとなる本格的な遺骨収集が始まりそうだ。2013年1月に外国人の立ち入り制限が緩和され、民間団体が収集に向けた調査に乗り出した。
日本の厚生労働省・社会援護局援護企画課は「ミャンマー政府との協議が整い次第、遺骨の調査と収集に入りたい」としている。
ミャンマーでは本年、日本兵遺骨収集を行うミャンマー人に、遺骨収集に関する日本人の考え方などの教育が行われた。こうした教育を担うM・S氏によると、「なぜ日本人にとって、遺骨が大事なのか。遺骨収集に当たってもらう人たちには、日本の墓参りの習慣などから教育していく必要がある」と述べている。
※インパール作戦…旧日本軍が第二次世界大戦中の1944年3月に始めた、英軍が拠点としていた英領インド東部のインパール攻略を狙った作戦。旧日本軍が占領していたビルマ(ミャンマー)を防衛するための攻撃だったが、食料や装備が足りず、大敗。同年7月に作戦は中止。参加者10万人のうち、死者3万人、傷病兵4万人が出たとされている。
 (朝日新聞記事を抜粋後、JMSAが加筆)



2014年7月26日(土)
ミス・ユニバース・ミャンマーのティアラ完成

ミス・ユニバース・ミャンマー2014に輝いた人に与えられるティアラが、このほど完成した。

ミス・ユニバース・ミャンマー・オーガナイゼーションは、タイのデザイナーに依頼して、ミャンマーの国民的人気を誇る花「バダウッパン」をモチーフにしたティアラを作成。
(ミャンマー・デイリー・ポストより翻訳・抜粋)



長期滞在の外国人向けにミャンマー語開講 ヤンゴン大学 

2014年6月16日より、ヤンゴン大学(ヤンゴン)が外国人向けのミャンマー語レッスン講座を開講する。コースは3ヵ月半で、レベル1とレベル2の2クラスを予定。昨年10月にも同講座が開講されており、その際レベル1クラスを受講した人は、今回はレベル2クラスの受講が可能だ。

加えて、ミャンマー人向けに文章編纂コースも設けられる。
(BURMESE CLASSICよりJMSAが抜粋、翻訳)



2014年5月15日(木)
ミャンマー人難民600万人以上 ノルウェー難民会議調べ

ノルウェー難民会議が、現在のミャンマー人難民数は600万人以上いることを明らかにした。カチン州やカレン州、ラカイン州など少数民族地域に難民が多い。
(VOA BURMESE)



2014年3月15日(土)
2020年東京パラリンピック ミャンマー出場希望

参議院予算委員会で,安倍晋三内閣総理大臣は,2020年に東京で開催されるオリンピック,パラリンピックに関する質疑で,ミャンマーがパラリンピックに出場を希望していることに触れた。

そのうえで安倍総理は「ODAなどでスポーツ支援を行っていきたい」と述べ,スポーツ分野の発展途上国支援に積極的に取り組む姿勢を示した。
(日本ミャンマー支援機構)



2014年2月22日(土)
ごみ問題 ヤンゴンで深刻化

ごみ処理問題がヤンゴンで深刻化している。経済発展と人口増加にともない、ごみが増えているためだ。

ヤンゴンの街角では、上層階のアパートから放り投げ捨てられるごみがビルの合間にたまったり、川に捨てられたごみで水流がとまったりしている。

現地NGOがごみリサイクルを行っているものの、ミャンマー政府の抜本的な取り組みが必要とされている。
(VOA BURMESE)



2014年2月15日(土)
「シットゥミャーネェ」バレンタインデーを祝う動き

「シットゥミャーネェ」はミャンマー語で恋人の日。ここ数年でバレンタインを祝う動きがミャンマーでも出てきた。恋人同士で花やCD,洋服をプレゼントする。

ヤンゴンの大規模スーパーマーケット「オーシャン」では、バレンタインプレゼントを10000チャット(約1000円)以上購入した客に景品が当たる抽選券を配った。
(BURMESE CLASSIC)



2014年1月31日(金)
ジェット・リー、ミャンマーでカンフー教える

中国の映画スターで武術家のジェット・リーことリー・リンチェイ(李 連杰)の創設したジェット・リー財団は、2月に、ミャンマーで2012年に地震被害にあったマンダレー管区ダベッチン市と同管区スイングー市の高校に、スポーツウェアなどの寄付を行う。
今後、ジェット・リー自身も、ミャンマーの武術上級者にカンフーを教えに来る予定がある。
(BURMESE CLASSIC)



アメリカで「ミャンマー産シーフード展」開催

ミャンマー産の海産品を扱う“Seafood Expo North America” が、アメリカのボストンで16日から18日まで開催される。
(RFA BURMESE)

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